地雷 (01.5.22)
♪チェルノブイリにはいきたくねえ〜(だったけ?)。そんな歌あったよね。♪ボ
クと君は岬へゆく〜みたいな感じで。あ、こっちはジュンスカ系(ロンブーはもとジ
ュンスカの人がプロデュース)なんだね。で、あっちはブルハ。どっちでもいいけどよ。
当時いとうせいこうとか、「幸福の科学」入信前の景山民夫とか、山崎浩一とかが
「宝島」とかで反原発の論陣はってたね。当時の若者に向けて「このままじゃ日本も
危ないよ」みたいな危機感を煽ってたね。今でも彼らは反原発運動続けているんだろうか。それともブームが終わったら危機感ともオサラバ?いとうせいこうは今でも「
自宅闘争」とかいうの続けてるの?インターネットの普及で彼が「ノーライフキング
」で提示したコンセプトの実現は近づいたの?まあ、どうでもいいけど。
ところでチェルノブイリ事故が起こった80年代は、反原発運動でにぎわうのと同時
にそういうあからさまな「生命尊重」だの「反何々」だの「正義」だのに基づいた表
現は恥ずかしいし、みっともないし、ダサイから止めましょうみたいな雰囲気も若者
達の間で強かった。そして、そういう雰囲気と当時のサブカル−テクノポップだとか
、「ヒューマニズムの死」を宣言したニューアカだとかは連動していて、坂本龍一あたりはそういった中でオピニオン・リーダー的な役割を果
たしていたと思う。だから 、みんな坂本龍一が世界平和をテーマにチャリティーソングを作るなんてあり得ない
と思っていたはずだ。
私はYMOファンだったことも坂本龍一ファンだったこともないので基本的には今
回のことはどうでもいいんだけど、思春期にYMOがはやり、青春期が80年代だったので世代的に感慨深いものがある。私は違うが私の世代にはYMOとかの影響って絶大だと思う。例えば現代美術の昭和40年会とかいうやつ(私は昭和41年生まれ)。まさにYMOチャイルドって感じだろ。
っていうか「ノー・モア・地雷(landmine)」という恥ずかしいユニット名をかっこつけて略してN.M.L.とかにして、かっこつけるのかかっこつけずになりふりかまわ
ずなのかどっちかはっきりしてくれよ。
それにしてもこのメンツすごいよな。メチャクチャだよな。YMOは再々結成しているし、クラフトワークとかシンディ・ローパーとかいるし、ミスチルのヤツとかい
るし、グレイとか佐野元春とか、わけわかんねーよ。
SUGIZOは元ルナシーというビジュアル系イメージを払拭しようという野望を抱いて
いるので今回のは呼びかけにはホイホイ喜んで参加しましたって感じだろう。
あと、女は子を産むとこういう「子供が可愛そう」ネタに弱いよな。UAも出産前だ
ったら参加しなかったはずだ(と、言い切りたいが自信がない)。
しかし、このメンツって坂本龍一が惚れ込んだアーティスト達って感じじゃないよね。クラフトワークとかジャパンの人とかは別
として、むしろ坂本龍一や坂本龍一の ファンがバカにしてそうな位置づけのミュージシャンが多い気がする。実はそこがポ
イントで、坂本龍一のスタンスとして、「勝ち組だからクールに」というのがある。「心血注いで魂削って音楽作ってます」ではなく、「なんか適当にやってたら世界の
サカモトになっちゃいました」みたいな。だから、今回も「バカなアーティスト適当
に集めたらバカなファンが買いました。ボクってやっぱり勝ち組?」みたいなスタン
スだろう。だが、80年代はそのクールさこそがかっこいいと思ってみんな憧れたのだ
。「努力って貧乏くさい。本気出すのって恥ずかしい」みたいな風潮の中で。だから
、「心底惚れ込んだアーティストたちがボクのあついメッセージに共感してくれまし
た」みたいな人の集め方はするはずもない。
まあ、どっちにしろ、地雷がなくなるのはいいことな筈なので、別にこのユニット
の存在価値を否定する気はないし、彼らに対抗して誰か「地雷増強ユニット(CDの売
り上げは全て地雷の増産、埋設に使用される)」でも作ってくれないかなとか本気で
願ったりはしないよ。偽善という批判があるが、私は偽善賛成派(偽善があるからこ
そ人類はこうして滅亡せずに生きながらえてこれたし、本物の善意なんて何の価値も
ない無力なものと考えるクチ)なので、偽善大いに結構だと思う。ただ、坂本龍一の
嫌みなファン達がとまどっているのだとしたら少し小気味いいなと思うだけ(ルサンチマン?)。
少し意外だったのはメンバーに名を連ねているヤマタカEYヨって山塚アイのこと
だよね。自分の庭先に地雷があっても破壊的な音楽を作り続ける人だと思ってたのに
・・・坂本龍一的ステイタスに関心のない人だと思ってたのに・・・ハナタラシもボアダムズもファンじゃないから別
にいいけど・・・ちょっと意外・・・中原昌也なら分かるけど・・・