ゴキブリコンビナート第10回公演

『ロワゾ・ブル─譫妄篇─幸せ?それとも不幸せ?』

日時:1999年  9月 24 日(金)19:00 開場19:30 開場

           25 日(土)19:00 開場19:30 開演

  26 日(日)19:00 開場19:30 開演

場所:中野光座(JR中野駅から徒歩5分)         

当日2500円 前売り2300円 チケットぴあにて取り扱い予定。

なお、メールでのチケット受付けも行っております。an-an@interlink.or.jpまで。

→公演終了につきチケットの販売は終了いたしました。


公演無事?終了。

ご覧頂いた皆様も、見に来れなかった皆さんも、Dr.エクアドル氏による公演前、公演中の出来事解説でお楽しみください。

   

  

公演前・・・

「どうして私たちだけがこんな目に遭うの?」貧しいながらも善良に慎ましく暮らしていた兄と妹を襲う不運の嵐。

 第5回公演『Dr.エクアドルの鳩がでますよ』をミュージカル面、スペクタクル面共に、さらにパワーアップして贈る何処となく小汚い土着サイエンス人情活劇。サバービアンは皆殺し(またしても)!!

現在99年7月9日、Dr.エクアドル談

「今日もとりあえずアンゴルモアの大王は降ってこなかった。まあ、信じてないからいいですけどね。今、妹の不治の病をどんな病気にするか思案中です。遺伝子病の勉強とかしています(新書で)。いろいろと面白いですね、遺伝子病。島津家から天皇家に嫁いだ皇太后妃良子様が色弱遺伝子の持ち主だったりとか・・・。もう少し頑張って研究して、せいぜいいい台本書きますよ。」  

またしてもDr.エクアドル氏は食事が不味くなる台本を書き始めそうだ。みんな期待しててね。

 

7月22日 チラシができました。

   

現在7月27日、Dr.エクアドル談

 何はともあれ、チラシは完成した。いつもとは少し違う感じになってしまった。特に表が。それがよかったかどうかは分からない。表のイラストについては批判も多い。表をいつもとは少し違った感じにしようというのは実は意図したことだ。だが、確かにいつもと違ってはいるが、狙い通りの感じになっているのかが実は疑問だ。裏はほぼいつもの感じ、つまり、嫌な感じの写真のコラージュで、まあまあ気に入っている。ウサギの集団写真がいい感じを出していると思う。「実験どうぶつの解放」という、動物実験反対団体が出した本があり、人間の都合で無惨に扱われる動物達のかわいそうなビジュアルをこれでもか、これでもかと掲載しており、そこからパクッた。これを読んだ人、チクらないように。

 だが問題は表だ。なぜ、チラシの雰囲気を変えようかと思ったかというと、いつもインパクトのあるチラシを作ろうと頑張ろうとする余り、チラシが芝居の内容を凌駕する気持ちの悪いものになってしまっているらしく、チラシを見て観に来た人の期待に応え切れていないと思ったからだ。また、芝居の持っているポップな馬鹿馬鹿しさが、チラシでは今一つ伝わりにくく、何かひたすら深刻でヘビーな内容をやってそうに見えてしまうからだ。そういう訳でもう少し肩の凝らない感じにしようと考え、

 1.ビジュアルは写真はドギツイので、イラストにする

 2.思い入れ余って空間恐怖的な高密度のものになりがちなので、余白をあえて多く作り、すっきりさせる。

という作戦でいくことにした。イラストの内容は、

「女体盛りを「青い鳥」がついばんでいる温泉の風景。女体盛りのネタは、刺身が通常だが鳥なので、ミミズその他の虫にする」

という方針で決定した。しかし、イラストをかける人間がいない。結局あるお手伝いの女性がそれを担当したが、ここで一つの反省点は、漫画チックなイラストにすべき努力が足りなかったことだ。「女体盛り」とか「温泉」とかはただ、リアルなイラストでは分かりにくい。漫画的に一つの記号としてそれを処理する技術が必要なのだ。その辺への配慮が甘かったため、「鳥葬で鳥が内蔵をつついている」ような絵柄となってしまった。非常にヤバイ。やはりイラストは難しい。しかし、ネタも尽きてきた。だから今回の試みは決して無意味だとは思わない。こういう試みを繰り返していかないと次の方向は見えないだろう。だから、ポップさには行き着けなかったとしても、これはこれでよしとしなければならないと、自らに言い聞かせることにする。  

題名について

ロワゾ・ブルとはフランス語のL’oiseau bleu 青い鳥という意味だ。メーテルリンクの「青い鳥」の原題だ。内容はものすごく貧しくて不幸な兄妹が魔女の虚言にほだされ、幻覚の世界に旅立ち、捕まえると幸せになれるという青い鳥を探すがことごとく失敗に終わり、元の貧しくさえない日常にもどってくるとそこに青い鳥が見つかって、日常と折り合いをつけるという元も子もない結論に達するという話だ。

その元も子もなさに着目して台本を書き始めることにする。題名をフランス語にしたのはフランス語がかっこいいと思っているからではない。我々はカヒミ・カリィではない。チラシにでかでかと「青い鳥」と書かれることに抵抗があったからだ。劇団「青い鳥」(創設者の木野花が抜けた後もしばらくは存続を続けたおそるべき劇団。今でもあるのか?)とかいうのもあったことだし。そういえばトヨエツ主演のドラマ「青い鳥」は面白いドラマだったなあ。許されざる恋を貫くため、駆け落ちし、裏日本を旅して回り、女の方が死んでしまい、南の島でその娘と楽しく暮らすハッピーエンドを迎える感動の親子どんぶりドラマ。あんなふうになればいいね(嘘)

「青い鳥」の歌 作者不詳

ポーポポーポ青い鳥
しあわせの鳥幸福の鳥
青い鳥はどこにいる
チルチルミチルの兄妹は
青い鳥さがしの旅に出る
ポーポポーポ夢の旅に出る

ポーポポーポ青い鳥
幸福の鳥しあわせの鳥
チルチルミチルのさがしてる
青い鳥はどこにいた
クリスマス・イヴの旅から帰りゃ
ポーポポーポ青い鳥はうちにいる



「ロワゾ・ブル」を終えて・・・

例によっていろんなことがあった。役者の何人かは過去最大級の過酷さだと嘆いていた。いくつかめぼしい事件をここでとりあげる。

●9月21日積み込み日

ますますエスカレートする物量。今回もトラックの動員が過去最大級となる。4t1台で鉄パイプ400本、クランプ100コ。2tロングに材木で出来た作り物を積まなくてはならない。役者衆のだれもトラックの運転になれていなく小屋入り前のこの日は毎回緊張する一日となっている。前回公演「ゲルディスコ」では、2tトラックがガードレールに突っ込んだ。今回は鉄パイプとかを積んだ4tが途中で動かなくなる。計算では積載量を超えてないはずなのに。深夜にレンタカー屋にクレームの電話を入れまくり、明け方にレッカー移動。運転手(今回の主役)は睡眠不足のまま仕込み初日を迎える。この日、東名高速で玉突事故があり、そのせいでまる1時間ストップする一幕もあった。鉄パイプ屋にはぎりぎり間にあったが・・・この日からすでに綱渡り感覚が漂い始める。

●9月22日仕込み初日

 トラック事故やはり起こる。

やはり、今回も事故は起きた。ネズミを購入に行った2t車が知らない店の看板に接触。ドライバーのスピロ平太からこわい人たちに囲まれたとの連絡を受ける。レンタカー屋の保険で話はついたが、2万円の賠償金の出費が出る。朝は朝で現場近くで待機していた2t車が駐禁を取られており、トラック関係の出費は否応なしに膨れ上がる。

 謎の筋肉男乱入。

朝、仕込みの打ち合わせをしているとジャージ上下の筋肉質の男(推定年齢30歳前後)が勝手に光座の裏口から入ってきてわれわれに「通りかかった者ですが中(劇場内)を見せていただけませんか」と言う。いかにも物腰の低そうな物の言い方と笑顔。我々の立場としては仕込みの最中に見知らぬ人にうろうろされても困るので断りたい。だが、赤羽さん(ビルの管理者)が見学を許可した場合はしょうがないという事情がある。それで、「赤羽さんの許可を得ましたか」と訊く。Dr.エクアドル氏の言い方に少しトゲがあったのかもしれない。何しろそんなことにかかずらっている場合ではないのだから。すると、いままでニコニコしていた筋肉男の表情が一瞬にして大魔人のように怒りの形相となる。カッと見開いた眼でDr.エクアドル氏を睨み付け、聴こえるか聴こえないかの、しかし、しっかりドスの効いた声で「何だァ、クラァ・・・なんだァ、クラァ」と、呪文のようにつぶやき始める。非常に怖い。組関係の人間が非公式の興行に対してみかじめ料の請求に来たのかとか、隣のアスレチック・ジムの人間がうるさいからと遠回しなクレームに来たのかとかいろんな可能性がこのとき全員の脳裏をかけめぐったと思う。でも、いま思えばどう考えても近所の頭のおかしい人がやってきたとしか思えない。なんとか追い返すことに成功したとき、その男は「次の月に公演を行う劇団の人間だ」と自称していたらしい。だが、たぶん嘘だろう。あんなヤバイ人間を飼ってる劇団があるなんて信じられない。あり得ない。

 はんこ屋のお爺さん怒る。

 光座は元映画館で正規の劇場ではなく、防音も完全ではない。仕込み作業中は工事現場並の音を立てるので、ビルの下の階に住んでいる方々からの苦情も多い。前に借りたときも下のはんこ屋のお爺さんが「うるさい」と苦情を言ってきた。そして今回も来た。作業が計画通りに行かず深夜作業に突入。ビルの管理人からは夜9:30分には撤退するように念を押されているのに。搬入だけでも午前中一杯かかり、そこから映画館の客席を埋める作業。光座は映画館の客席がそのまま残っていて、通常はその客席を芝居の客席として使用する。どの劇団でもそうしていう筈だ。しかし、我々の芝居は客席があり、客席の向いている方角に舞台があり、舞台奥に背景があり、上手、下手に役者登退場の見切れを隠す幕みたいなのが吊って合ありという通常の舞台機構のあり方を無視する傾向がある。前衛的な演劇をやるためではなく、迫力、臨場感をお客様に感じてもらうにはそうせざるを得ないのだ。今回の作品もそういう舞台機構のあり方では成立しないようになっている。したがってせっかく常設になっている客席をいったんつぶして前面フラットな劇場を設営するところから始めなくてはいけない。これが本当に大変だった。知らず知らず作業は深夜となり、同じビルの住人は眠れぬ夜を過ごす。確かに怒りももっともだ。パジャマ姿のはんこ屋のお爺さんの説教を15分ほど聴き、翌日早朝から作業を始めることに決定し、今夜は眠ることにする。もちろん劇場にそのまま宿泊。果たして仕込みが間に合うのかという不安を抱えながらその日は眠りにつく。

●9月24日初日

 初日にチラシにクレーム。

 Dr.エクアドル氏の携帯に「あなた方はどのような演劇をやっているのですか」という電話が入る。我々の活動に興味を持った方からの電話予約かなんかだと思い、さて、どんな風に我々の芝居の面白さを説明しようかと胸をときめかす。「チラシと芝居の内容となにか関係があるんでしょうか。」そうか、チラシをみて、興味をそそられた方か。「ターナー氏症候群は芝居の内容と関係があるんですか。」確かに、今回のチラシにはターナー氏症候群患者及びクラインフェルター症候群患者の写真が掲載されている。医学書からコラージュしたヌード写真だ。どちらの病気も性染色体の異常で起こる半陰陽の病気だ。だが、それはあくまでチラシのデザイン上のアイデアであり、今回の作品にはターナー氏症候群の患者は登場しない。ADA欠損症患者は登場するが・・・。この方はターナー氏症候群という病気に特別の思い入れでもあるのだろうか。そこまで考えたとき、Dr.エクアドル氏の脳裏に嫌な予感がよぎる。果たしてその予感は正しかった。「私の友達にターナー氏症候群の患者がいて、このチラシをみて、とても傷ついているんです。そういう人たちがいるってことを分かっていてやってらっしゃるんですか。どういうつもりなんですか。」チラシへのクレームの電話だった。電話の声の主、泣き声すら入っている。非常に恐ろしい。こういう事態はいつか来るかもしれないと思っては来たが、やはり来た。我々は正義の名のもとに表現活動を行っているわけではないし、演劇を通して道徳を訴えようとしているわけではない以上、ある種の人々の神経を逆撫でするのはやむを得ない。といって我々はターナー氏症候群の人たちをいじめろといっている訳ではないし、弱者をおちょくって喜んでいる訳でもないのでその辺は分かって欲しい。その患者の方が、チラシをネタに回りの人間にからかわれたりしてるんだったら我々にも反省すべき点があるとは思うが、その人がチラシをみて勝手に傷ついているんだとしたらそれはその人の勝手な解釈の問題で、我々に悪いところは一つもないと言い切れる。だが、そんな論争を始めたらとんでもないことになりそうなので「今度からは気をつけます」とか適当なことを言って電話を切る。これからも女性解放運動家、敬虔なキリスト教徒、差別反対運動家、など様々な道徳的な人間からクレームが来るのだろうか。それはそれで楽しみである。

 主役のオメス氏、ゲネプロ中にダウン。

 暑い。疲れる。痛い・・・過去9回の公演をこなしてきたが今回の過酷さはナンバーワンだ。スピロ平太氏が言う。体を張り、体力の限界まで酷使するのがこの劇団の売りというか特色だが、それにしても今回は辛い。中でも一番過酷なのが主役で出ずっぱりのオメス吉祥寺氏だ。綱渡りうんていによる移動─観た方は分かると思うがこれの消耗度は強力だ。息切れのままその後のシーンをこなさなくてはならない。主役のオメス氏には台本上はこれが5回もあった。そのうち1回はウサギの着ぐるみを着ての移動だ。この着ぐるみがまた過酷らしい。とてつもなく暑く、動きはとられるし、何よりも毛のふさふさしたやつが絶えず抜け落ち、動く度に舞い、息をしようとすると鼻や口に入ってきて呼吸を妨げる。ゲネプロ中に次第にセリフのトチリが多くなるオメス氏。ゲネなのでそのまま進行していく。よろよろしながらうわごとのように間違ったセリフをつぶやくオメス氏。非常に危険な状態だとようやく気付く。ゲネを中断し、オメス氏を横にさせる。このとき本番1時間30分前。確かに不安だ。だか、この位のトラブルに創立メンバー達は今更驚かない。とりあえずオメス氏の回復後、ゲネの残り部分を終了させる。本番は大丈夫なのか。とりあえず吸入用酸素の手配をする。

 やはりオメス氏、本番中にダウン。

 オメス氏、前半は快調だったという。しかし、後半、事件は起こった。精神病院の従業員として分裂病の患者に社会復帰のための訓練と称して様々な責め苦を味あわせるシーン。ひっきりなしに叫び続け、暴れなくてはならない。いじめられる方も辛いがいじめる方もキツいのだ。おまけにここでもやはりウサギの着ぐるみ。暑さ、酸欠、疲労セリフを飛ばしたかと思うと前のセリフにもどるオメス氏。段取りをどんどん狂わせていく。ついに限界が来たようだ。このままでは芝居が破綻してしまう。客の中にも何やら様子がおかしいと気付いた者がいるようだ。「ここってクライマックスだよね。」カップルで見に来たらしい男の方が女の方に言っているのが聞こえる。このままでは客席がざわざわしはじめるだろう。それは最悪の事態だ。そこで、とりあえずオメス氏を退場させることにする。村長役のエクアドルが強引にオメス氏を引っ張って退場させる。エクアドル氏が脚本の作者なので、あとは彼が適当につなぐだろう。綱渡り状態でシーンは終了する。残りのシーンはオメス氏もある程度回復し、一応結末を迎える。後になってオメス氏が言うには、前半は調子良くて全然ああいう風になる兆候はなかったらしい。そして、一番ガタガタだったシーンについては記憶が途切れていて思い出せないと言う。どうもその時彼の意識は飛んでいたようだ。それでもセリフを喋っていたオメス氏。舞台の上で気絶し、それでも演技を続ける男。オメス氏の役者根性に一同敬服する。しかし、彼の気絶のせいで、キャストとしてシルバー人材派遣センターから派遣されてスタンバイしていたおばあちゃんの出番はなくなり、用意されていたネズミも出ずに終わる。明日からは何か気絶対策を考えなくてはならない。

 クレア編集部の名をかたるホモ、また現れる。

 本番直前にエクアドル氏の携帯が鳴る。「クレア編集部の者ですが、おたくの芝居では男性がすっぽんぽんになって性器を露出させるようなシーンはありますかね。」とりあえず「ありません」と言う。「そうですか。」それで会話は終わる。また現れた。あの男だ。どうも、いろんな芝居でチンポを観ることを生きがいにしているらしい。前にあの男が現れたのは4年前だ。「脳内ゲヘナランド」という公演をやっていた頃だ。その時は初日2日前ぐらいの夜中にかかってきた。「クレア編集部の者ですが、過激な演劇を特集しようと思ってまして、いろいろ観て回ってるんです。」「過激な演劇」としてクレアに載るなんて素晴らしい話だ。だが、よく考えると、「名前を名乗らない」「夜中の12時頃電話をかけてくる」など、おかしい点が多い。「こないだ南河内万歳一座というのを観てきたんですが、男性陣がみんなすっぽんぽんになるシーンがあって過激だったんですよ。おたくの公演ではそういうシーンはありますか」その時は、別にそういうシーンがあってもいいと思っていたので、「あります」と言って結局本番でチンポを見せていた。しかし、その後、クレアに過激な演劇特集があったりとかそういう事実は確認されなかった。その男はどうやらただの嘘つきで、チンポを観るのが好きな人間だったようだ。そういう人間にうってつけの劇団を筆者は2つ程知っている。役者集団処女コレクション(現醜団リンチ)とハイレグジーザスだ。そこを見に行けば男盛りのチンポを死ぬほど観れることだろう。まさにチンポ三昧だ。ゴキブリコンビナートの芝居はチンポ三昧ではない。しかし、チンポが見れさえすれば2000円なり、3000円なり払ってくれると言うのなら、個人的に私ことDr.エクアドルがお相手してもいい。芝居とは別にだ。そういう人が100人集まってその人達の前で1時間か2時間ほど黙ってチンポを出して立ってて2000円×100人で20万円の儲けだ。そんなバイトが成立するのなら是非やりたい。まあ、それで20万儲かってもとりあえずその内の数万でまず女を買いに行くと思う。そういう口直しが必要になってくると思う。ホモの相手をするのは別に病気にさえならなければかまわないが、儲けの何割かをそういうふうにダメージ回復費にあてないと精神的なバランスを保てないだろう。私はホモではないので。なんでこんなことを言い出すかというと、こっちはまじめに、それこそものすごくまじめに面白い芝居とは何か、エンターテイメントとは何かを追求してるのにチンポを出したとか出さないとかそういうことで評価されたりされなかったりするのが非常に腹立たしいからだ。ただチンポを見たいんならチンポ屋に行け、チンポ屋なんて存在しないってんなら俺がチンポ屋になってやる、ただしそれは芝居とは別だ、ということだ。ただ、そのニセクレア野郎がただのチンポ好きではなく、演劇作品上のチンポでしか興奮できない演劇チンポフェチだというなら話は別だ。彼は高度な変態であり、ある意味尊敬に値する。

ロワゾ・ブル2日目以降のこと

 本番2日目以降のことも書いて下さいというリクエストのメールがあったので一応書こうとは思うが、2日目以降は気絶する役者もなく乱入する狂人もなく、わりと滞りなく行ったと思う。特に面白い事件はない。あえて書くことがあるとすれば、客席のことぐらいか。初日は客入れ始めからオメス氏が蝋燭をくわえて出ていたため、客が全員ベルトコンベヤーの方を向いて座ってしまうという事態が生じた。ベルトコンベヤーの前のところに演技スペースとして使えない無駄な空きスペースが生じてしまった。そこで2日目は円形のセンターステージをテープで示してやることにした。客席中央に円形の空きスペースを始めから作っておく作戦だ。しかし、これではスリル半減だという指摘があった。最終日は空きスペースがない状態でやった。演技で強引に作るやり方だ。このやり方が一番良かったと思う。お客様はさぞかしスリリングだったのではないか。




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