「キーチ」は、期待できるか (01.8.21)
新井英樹は本来ヒューマニズムの漫画家だと思う。愛と青春と希望を描く漫画家だと思う。だから、「愛や青春や希望」への不信みたいなところに出発点をおいた私とは立場を異にする。っていうか逆じゃん、方向性が。にもかかわらず、私は、新井英樹の漫画を支持する。
初めて新井英樹に出会った漫画は「宮本から君へ」。これは青年漫画界において90
年代前半を代表する傑作だと思う。恋に仕事にひたむきな宮本君というヤングサラリー
マンが、現実という名の壁に直面しながらも、決して諦めず、持ち前のガンバリズムで壁を克服し、それなりの成果
(営業マンとしての手柄、恋人との信頼をとりもどし、 やがては愛の結晶が・・・)を収めていくという話だ。
それだけ聞くと「リバーズエッジ」(注)あたりを「スゴイ」とか言って喜んでいるサブカルちゃんは、もう拒否反応を起こしていることだろうと思う。いやな漫画だなという予感がし始めていることだろうと思う。そう、これはいやな漫画だ。そして、
その「イヤな感じ」が半端じゃないのだ。
まず、その「現実という名の壁」が半端じゃない。宮本君が頑張ってそこそこの幸せを求めようとすると、気が滅入るような事件が次々に起こって宮本君の足を引っ張っ
てくる。営業成績を上げようとして、取引先に出向くとそこには感じの悪い人間達の巣窟。心底冷えてくるような屈辱的な営業活動。やっと心ある人に出会えて、うまくいったかと思うと、その理解者の息子に恋人がレイプされる。文句を言いにいくと完膚無きまでにボコにされる。その他理不尽な暴力と残酷と屈辱にみちたエピソードが
次々に現れるが、本当に恐ろしいのは、そういった事件の数々に絵空事感が全くなく、
強烈なリアリズムがあるということだ。毎日普通に暮らしてて目にする光景を無造作に切り取りました感。だから読み終わっても、普通
のただ恐怖モノを読み終わった後の、「ああ、虚構でよかった」みたいな開放感がない。この漫画には犯罪も変態も出てこない。人も死なない。だが、人がコロコロ死んだり、内臓が飛び出したり、狂人が暴れたりするようなモノに決して劣らないエグい後味がある。
主人公の宮本君始め「理解者」やら「味方」やら「恋人」やらのキャラクターも安易な感情移入を拒否するアクの強いものになっている。主人公のひたむきさも次第に蛇のような執念に変貌し、読者の前向きさを鼓舞するというのは違う効果
を生んでいるのもなかなか興味深い。妥協を知らずに現実と向き合おうとすると狂気が生まれてくるのだ。そのリアルな狂気はまさしく作者自身の狂気だ。
新井英樹氏は、「宮本から君へ」を書き終えると、ビッグコミックスピリッツに 「愛しのアイリーン」を連載し始めた。42才素人童貞の農家の跡継ぎがフィリピンから嫁をめとるというこれもまたリアルでエグイ設定の話だ。しかし、「愛や青春や希望」というテーマが「宮本」よりも少し後退気味で、それと同時に狂気も薄れてきているような気がした。「アイリーン」も好きな作品だが、どうやら作者はバイオレンスに対して確信犯的に振る舞い始めたのではないかと思われた。フラストレーションを抱え込んだ主人公が「おまんごおお」と叫びながらトラックで大木に激突するところとか、見どころはたくさんあるが、「リバーズエッジ」が好きなサブカルちゃんでも理解可能な面
白さに落ち着きつつある。その証拠に某サブカル小劇場界のトップク ラスの演出家ですら「アイリーン」を誉めるに至っている。「アイリーン」を毎週楽しみにしながらも、脳裏にかすかな不安がよぎった。
そして、その次の作品が、ヤングサンデー連載の「ワールドイズマイン」である。
これは文字通り狂人が大暴れして人がコロコロ死んでいく作品だ。スプラッターでバイオレンスな犯罪漫画だ。本来私が好きな路線であるにもかかわらず、もうこのころから毎週チェックするのをやめている。この間単行本の最終巻だけ読んでみたが、怪獣は大暴れしているし、軍隊は出動しているし、アメリカの大統領やら日本の総理大
臣やら出ているしで、スケールだけはものすごく壮大な規模になっている。「ナチュラルボーンキラーズ」と「アキラ」を足して2で割ったようなテイストになっている。
しかし、「宮本」に感じた「生々しさ」を受け取ることは出来なかった。
新井英樹はもうダメなんだろうか。もうダメなんだろうかって、もちろん私個人に
とっての話で、新井氏の社会的な成功はこれからかも知れないけどね。でも、絵の感
じとかさりげなく街の群衆や家庭の風景を描いた時の質感とかセリフの入れ方とか今でも好きなので、まだ期待している。
「ワールドイズマイン」は完結し、また新連載が始まった。ビッグコミックスペリオール誌の「キーチ」だ。「キーチ」とは主人公の名前「輝一」から来ている。キー
チはまだ、保育園の幼児だ。キーチというちょっと変わり者のガキを中心に保育園のガキどもの流血バトルやらお母さん達のちょっぴり陰湿な対立やらが描かれている。
ちょっとしょぼくていい感じの出だしだ。やはり、新井氏には「日常」を描いてほしい。ほのぼのした日常を素直に描こうとすればするほどリアルなバイオレンスが表出するところこそ新井氏の真骨頂ではないか。コピーには「新井流教育論」とか描かれている。「教育論」!ますます、いい感じだ。今度は期待できるかも・・・
(注)ゴダールが流行ればゴダール漫画を、小泉今日子が注目されれば小泉今日子物 語を、写真ブームが来ればウィトキンの写真集を貸し借りしあう美男美女カップルを描く某高感度漫画家さん(現在交通 事故のためリハビリ中)が、死体ブー ムを「いち早くキャッチ」して描いた「おしゃれな死体漫画」。
ボボボーボ・ボーボボ(2001.8.21)
んー、最近音楽について書いてないな。「Jポップ大好き」なのに。だって最近よくないんだもん。サザンはまた一位
になるし、チャゲアスやら浜田省吾やらチューブ やら売れているし。あ、Jレゲエについては何か書きたいな。っていうか書かないわけにはいかないっしょ。三木道三について何か言わないわけにはいかないっしょ。あと、ムーミンとか、プシムだっけ?なかなか気になる濃いメンツたちがいるね。個人
的に一番気になるのは、スカイウォーカーなんだけどな。スカイウォーカーのアッパー系関西弁ラップは本当にファンになるかも。もう少し勉強したら書く。
というわけで今回もまた漫画ネタ。前に「純情パイン」のときも少し触れた「ボーボボ」。10週の洗礼(ジャンプの新連載は10週とりあえず続けて読者人気投票でそれなりの人気をキープしないと打ち切りになるというシステム)を乗り切り、まだ続いている。しかも、まだ面
白い。「まだって連載始まったばっかじゃん」と、言われそうだが、発想の飛躍とテンポの速さとテンションの高さがギャグのポイントになっているので、短期で燃え尽きそうで不安なのだ。一年とかまさか続かないよな。その辺を気にするのもスリリングと言えばスリリングだ。
変なキャラクターが中心で変装、分身等で展開がめまぐるしく飛躍し、それについて巻き込まれそうになりながらもつっこむ常識人がいて、という作品構造から70年代の「マカロニほうれん荘」あたりの系譜を引き継ぐものだ、とか言えそうだが、そういう勝手に過去の作品をすぐ引き合いに出したりする分析の仕方って川勝正幸みたいでダサイよな。と、言うわけで系譜に位
置づけて褒めた気になるのはやめます。そういうのは、貶すときにだけやることにします。これは今までにないスゴイ新鮮な漫画
です。
まず、一話目でボーボボの生い立ちについて語られるが、いきなり現ボーボボは敵が入れ替わったニセモノであることが告白される。なんだそれ。ボーボボの得意技は
自らの巨大鼻毛を自由に操る鼻毛神拳(「北斗の拳」のパロディですね)なのだが、
それはボーボボの鼻の穴に住んでいるオヤジによって経営されていて、突然店じまい
とかされて、ボーボボは困ってしまう。あと、ボーボボは実は中で若者に操縦されているらしく、ボーボボの額に仮免の札がついてる時は教官と生徒の罵り合いが行われている・・・ギャグ漫画って言葉で説明してもなんのことだかさっぱり分かんないね。
実際に読んでもらうしかないか。
気になるのは、今までの漫画ではあり得ない高密度・ハイテンポで展開が飛びまくるのだが、パロディのネタも無限ではないだろうということだ。こんなにもめまぐる
しく飛びまくると、もう行くところがどこもなくなってしまうのではないかという不安がつきまとう。すると、「分かりやすい飛躍のパターンに落ち着く」「同じネタを
すこし感じを変えて順繰りに使い回す」「ネタの密度が薄くなりテンポが失速」等の
現象がいずれ起きてくる筈だ。それはテンション芸の宿命だからしょうがない。だが、
今のところテンションが落ちるどころか、最近ますます冴えて来ているような気がする。あまりの飛び具合に呆気にとられて紙面
を眺めている、そんな感じになっている。 今度は作者の精神がすごく追いつめられているのではないか、狂気の淵にいるのではないか、もう既にボロボロなのではないかとかよけいな心配が芽生えてくる。本当によけいな心配だね。鴨川つばめ氏のようにそれこそボロボロで再起不能になるまで、
このまま一気に行ってほしいね。
ところで、自分が漫画で育ったからかも知れないけど小劇場のギャグってわかんねえよな。この間、ちょっと小粋でコジャレた笑いを提供するって言う集団を観に行っ
たんだけど、 「大変だ!窓が落ちて○○さんが下敷きになってしまった。」 「それは大変!修理屋さんにいくら払えばいいのかしら」
確かに「イタリアのジョーク」とか「ロシアのジョーク」とかいう小さい文庫本とかに書いてありそうな小粋なネタだわい。小劇場ってそんなのばっか。