嫌なもの、不愉快だったものが、一回りして好きになる瞬間がある。嫌いなものと好きなものは紙一重。思えばこのホームページも我が演劇活動も嫌いなもの、不愉快なものに徹底的にアプローチしてそういう瞬間に出会うことが目的のような気がする。それは「大いなる赦し」「人生の全面肯定」へと至るための過程といえよう。嫌なものについては観て見ぬ振りではなくガンガン悪口を言った方がいい。すると、いつの間にかそれを愛し始めている自分に気がつくであろう。ポジティブな悪口だ。
さて、最近赦し始めたものといえば、日本のヒップホップだ。前にさんざん悪口を書いたな。(→詳しくはJ-R&Bを極めるコーナー2をご覧ください。)どんなこと書いたっけ。そうだ。彼らの言語感覚の救いようもないセンスの悪さについてだ。ラップの詞(ライム)がものすごく寒い。ライムの特徴を簡単に記せば次のようになる。
1.世界を変えるんだ。(無根拠な前向きさ)
2.俺ってビッグだぜ。(やたら自信たっぷりな感じ)
3.このハマチハウマッチ(韻を踏むことによる寒いダジャレ感)
3点と悲しいくらい寒く、ダサク、恥ずかしく、情けない。詞がこれらの特徴を帯びる根底にあるもの舶来文化を無批判的に受け入れる敗戦国根性だ。海の向こうではこれでかっこいいんだから日本人も日本語でただ、そうすればいいというとてつもなくアバウトなセンスに裏打ちされている。前はそれを徹底的にこき下ろした。
でも、いいんじゃないか。彼らはヤンキーなんだから。インテリじゃないんだ。文学者でもないんだ。言葉をデリケートに扱うことがそんなに偉いんだろうか。最近はそういう気持ちになってきた。
そこで、こう言おう。J−HIPHOP万歳。J−RAP万歳。ラップの詞なんて向こうでもきっとそんなもんだ。たいしたもんじゃない。敗戦国根性とか言うよりも、ニューヨークのストリートから生まれたものが日本のストリートとちゃんとリンクしているところをちゃんと評価しようじゃないか。
ここでいう日本のストリートとは、青山とか代官山のことではない。せいぜい錦糸町、亀戸。さらには朝霞、越谷、平塚、木更津、津田沼。何とか銀座とかいうしょぼくれた商店街のコンビニ前にこわいお兄さんやお姉さんが座り込んでいて携帯電話のアンテナとか光らせてしゃべっていて迂闊には近寄れない感じ。お兄さんはロン毛、お姉さんはブリテリ、どちらも日サロ通いで顔真っ黒。そんなどこにでもある日本のストリート(通り)だ。そんな、アジアな感じから目をそらしてはいけない。そういうコアな日本的風景にお勉強感なしにヒップホップが定着しつつある。
いとうせいこうが「イエロー・ズールー」とかいったコンセプトがちゃんと実現できているではないか。しかもいとうせいこうより正確に。何しろいとうはストリートが何なのか分かってないのだから。
彼らのライムには日本の政治の悪口とか出てくるかもしれないね。「腐った政治家の奴ら」とかいってね。そのアバウトなセンスにいちいち怒ってはダメだ。何しろ彼らは、新聞もろくに読めないのだ。小学校時代から国語も社会も30点以下。チェチェン人がどこに住んでいるかも知らない。でも、「腐った政治家の奴ら」とか何となくかっこよさげだから言ってみる。でも、それでいいじゃないか。「森総理はダメだな」とか言ってるタクシーの運転手とどう違うんだい?
何よりもステキなのは彼らの顔だ。アジアンストリート感満載だ。ZEEBRAとか、いいよねえ。もりやまつるのマンガに出てくる顔だ。喧嘩とかいっぱいしてきたんだろうね。シメたり、シメられたりの青春時代が刻印されている顔だ。今はちょっと更生して左官屋の若頭みたいなね。
ラッパガリヤの二人もいい感じだ。デブの方もいいが、やせた方も祭りとかで見る顔だな。御輿とかかついでる顔だ。ひげを生やしたヤツがラップ界には多いみたいだが、何か和風な感じを強調してるよ。若い頃は女をマワすことなど何とも思ってなかったくせに子供が出来ると急に保守的になり、子供を溺愛し始めるタイプ。まあ、その子供も箸の持ち方一つ覚えられずにヤンキーになっていくんだけど(ヤンキー再生産の法則)。
そんなイマジネーションをかき立てられるステキな顔、顔、顔の中にあってドラゴンアッシュの降谷は芸能人のご子息だけあってどこかお坊ちゃんぽくて品のいい顔であまり面白くない。成城とかの私立中学に通った顔だ。ZEEBRAがひじきとおからとタクアンを食って育っていたとき(結構ヘルシーメニューだな)、ポタージュとかを食べていたって顔だ(しかもちゃんと皿を体の反対側に傾けてスプーンですくって)。だから、ライムの韻の踏み方ももこれ以上やったらバカになるという一線を越えないような繊細な配慮がなされている。ボキャブラ天国感に欠ける。だからあまりダサクないんだけどそれがいいことだとは決して思わない。まあ、ダサクないっていってもブルーハーツに触発されてパンクバンドを始めたような奴らだからたかがしれてるんだけど。
そんなわけで「Dr.エクアドルのJ−POP大好き」は次回から「Dr.エクアドルのJ−RAP大好き」に生まれ変わります(嘘)。
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